July 07, 1997

ヒトの視覚

絵 7月4日朝起きると、私はこぶとりじいさんになっていた。
 実は6月4日に、私は深い深〜いところにあった親しらずを抜く手術をしたのだが、その手術跡がいきなりまた腫れてきたのである。病院にいったところ、時間が解決するとのことであり、今日あたりはかなり腫れもひいていた。
 が、ここに至って一つの問題が生じてきた。
「果たして私の頬はまだ腫れているのか?」という疑問である。
 6月の手術後にも思ったんだけど、人間の視覚には「慣れ」がある。かなりいい加減なのだ。
 もしもあなたが究極にヒマならば、綿か何かを頬につめてみてほしい。大きさは「カンロ飴」3個分くらい。その顔で1日生活する。そして翌日はつめものを半分に、更に次の日はその半分。多分、そのあたりで他人はアナタの顔を「正常」と判断している。しかし驚いたことには、4日目になるとあなた自身さえも「こんなもんだったかな」と思うようになってしまうのである。自分の「正常な顔」を忘れてしまうのだ。
 一方、「触覚」は思いの外優秀だった。目では「こんなもんかな」と思っていても、手で触ると違いが判るのだ。自分の顔なんて、顔を洗うときくらいしか触らないものと思っていたが、今回の経験で、「もっと自分を触ろう!」と思ったのだった。もしショッカーに改造されても、気がつくように・・・。

By kumi at July 07, 1997
21世紀になってスズキになったマスダのヒトコト

 最近は生まれたときはスゲーブサイクだと思ってた自分の子どもさんが、とってもかわいく見えたりする。これも視覚の「慣れ」なのか、それとも「親の欲目」というヤツなのか…。

By: kumi at May 25, 2003
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